368号の後方には、同じく予備車と思われる懐かしい顔のバスが。
腐食が激しく、368号以上に痛々しい。
しかし島内では、これと同型・同色の路線バスが未だ現役でした。
「平松」車庫で職員の方に「小湊」の方向をお伺いし、どうやら「古仁屋」方面らしいということが分かったので、地図を頼りに「古仁屋」に
向かいます。
「古仁屋」は非常に遠くて車でも片道一時間かかるので、ここか或いはその途中で残りの2台に遭遇しなかったら悲惨な結果になるという
非常にリスクが高い選択でした。
途中ではあっさり370号にはすれ違いましたが、古仁屋行きを取り敢えず優先させます。
名瀬市を外れると急速に自然の広がる雄大な風景になります。
そのとき山の麓や草むらの側道には至る所にバスが置いてあり、それらは概して古い車両ばかりでしたから、
「奄美大島では大量の廃バスが放置してあるものだ」と面白がっていました。
さらに進むと、高い草むらの向こうにCCM車の屋根が見えました。
「あ、CCMの廃車がこんなところに捨ててある。ちょっと見に行こう」と車の向きを変えて近づいて見れば、意外にもその車には
ナンバーが付いており、しかも「369」と書いてあるじゃありませんか!
こうして取材2台目に、369号を捕捉したのでした。
369号に近づいてみれば、どうも最後部の座席で運転手が
仮眠中の模様・・・。
その様子を見て初めて、先ほど見てきた大量の廃バス群が、
実は運転手が中で仮眠していただけという可能性に気づきました。
実際さきほどの場所に戻ってみたら、一台たりとも既にバスは居ません。
あまり見たことのない、なんとも不思議な光景でした。
そんな訳で運転手を起こすなどということは無論出来ず、非常に心残りでは
ありましたが、本車の撮影は外観だけに留めました。
上写真:草むらの向こうに屋根が見えたので空き地に放置してあると思われたが、
実際は橋の上に居た369号。
小錆びは見受けられるものの、368号とは比較にならないくらい
ボディの状態は良い。
奄美交通では「更新工事」というものが行われるようで、本車も恐らくは
この工事を受けている。
シャシー周りには赤い防錆塗料が塗られているようで、この赤色は
「市営の赤」よりもやや淡い。
車検ステッカーが最近の小さなタイプのものになっているので、本車は
当面生き残るものと思われる。
大金久の道中は、笑いが出るくらい峠の連続です。
途中何度か撮影を試みましたが全て失敗したため、終点まで行くことを決意。
しかし大金久に着いた頃は数メートル先の視界も見えない大雨で、ここまで来て、撮影不能かと
観念しました。
すぐに370号が現れます。
終点で数人の乗客を降ろし何処に向かうかと思えば、山手にある空き地にバックで入りました。
そしたらあれほど激しかった雨がピタっと止み、撮影出来るではありませんか。
私の車を空き地に止め、もう開き直って運転手に声をかけました。
そしたらやはり気づいておられたようで、こちらとしてもちょっと恐縮・・・。
とにかく、邪魔にならないように手早く撮影を済ませて退散しました。
368号と同じ方法で旧市営時代の車番に検討すると、本車は1638号と推測されました。
10年前、本型式が交通局を離れる際、私が小郡まで追いかけて見失った、あの1638です。
自転車で追いかけた少年時代はバスを見失いましたが、青年となった今は自動車を手に入れ、
今度は見失いませんでした。
370号が旧1638だと推定されたので、必然的に369号は旧1677号だと思われます。
運転手にお礼を言い、私はここで本車に別れを告げました。
車検ステッカーは「12」。
もう二度と会えないのでしょうか・・・。
この大金久より向こう側にも路線はあるようでしたが、本車より大きくて設備の良い車両が
充てられているみたいでした。
ここまで順調に予定を消化し、最後に狙うは370号です。
とにかく市内方面へ戻ろうとすると、あっさりと今日3度目の遭遇をしました。
方向幕は「大金久」を掲出しており、地図で調べるてみるとこれが非常に遠い・・・。
まだ時間的には余裕がありましたので、途中で先回りして走行中を撮影することにしました。
しかしどういう訳かCCM系はスピードを出して運転されるようで、なかなか良い写真が撮れません。
「大金久」まではまだ距離があったので、何度か撮影のチャンスはあるものと思っていましたが、平松町を過ぎるとその先は
かなりの田舎道となり、信号も無く、全く止まってくれません。
運転手も「変な白い車が追いかけたり追い越したりしてるぞ」と不審に思ったことでしょう。
ご迷惑をかけるつもりは全く無かったのですが、しかしせっかく広島から遙々来たわけですし、370号をこのまま逃がすことは
出来ない、という変な焦燥感がありました。
左写真:大金久の転回地における370号。
方向幕は次の目的地「小湊」になっている。
下写真:370号はインパネの左側のみ撮影。
スイッチ類は、右下「整理券」、右上「運賃表示器」、
左が「方向幕」の操作用。
その左横に、バックアイ・モニターを撤去した跡がある。
下には埋め込み式の8トラが見える。
368号以外にも、どう見ても廃車にしか思えないバスの間を抜けて、平松車庫の職員詰所で
撮影、及び車内公開の許可を取りました。
ところが現車の扉を開けようとコックを操作するも開きません。
「おや?」と社員さんも言われていましたが、どうやら空気が充填出来ていないのか、バッテリーが放電してしまったようです。
何とか扉を開けて頂き、撮影開始。
全てが懐かしいと思われる反面、「こんなに小さなバスだったのか」と子供の頃の私の印象と重ね、思いを馳せました。
とにかく「記録出来るときには記録しておけ」というこのHPを立ち上げるときからの教訓から、色々と撮影を実施。
一通り撮影が終わってお話を伺うと本車は既に予備車とのことで、車検がまだ残っているから潰さないでおくだけ、
と言われてしまいました。
このボロボロの状態では仕方のないことです。
しかしそれは、あたかも私がここに来るまで待っていたかのような気がしました。
最後に369、370の所在も伺いましたが、370はこの「平松」、369は「小湊」ということでしたが、いつ戻るかは
分からないとの答え。
仕方ないのでここで案内して下さった社員の方にお礼を述べ、残る2台の行方を捜しことにします。
下写真:バックアイ・カメラが撤去された以外は、特に変化がない後面。
バックアイの取り付け台は市営時代から錆び易く、塩害の厳しい
奄美地方ではその錆の発生を嫌ったものと推測される。
リアパーセルには段ボール箱が置いてあるが、中には何が
入っているのだろう。
右後輪ホイールが赤いが、これは「市営の赤」なのか防錆塗料
なのかは分からない。
マフラーまで赤く塗られていることに注目。
山口市営特有の登録番号判別法。
「1639」とあるので、368号車を
元1639号車と推定。